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[ 2026/03/15 01:38 | ]
身も蓋もない話
最近、ウチのネコは道路で寝ています。



 暖かいのかな。



それはさておき、

料理も化学反応なので、

元素やイオンが反応して味や香りが生まれます。

そこに愛情とかセンスとかは含まれません。関係ない。

愛情があっても、陰性の元素同士は結びつかない。

丁寧に作れば、センスがあれば、注意深くなるから、

音や匂いや焦げ具合を観察できて、上手に作ることができますが、

愛情があるからおいしくなる

というものではない。

 
消化吸収する、身体の滋養になる、健康になる、病気になる、

というのも化学反応です。

ですから、

化学的に原因をつきとめ、結果を得ることができます。

陰陽では、元素の周波数や重さを考えて分析しますが、

料理ではその陰陽の法則通りの反応が現われます。

例えば、

陰性な野菜を陽性な塩と火で調理すると

陽性な塩味になり、もっと陽性にすると焦げて、より陽性な苦味になります。

その結果、

身体が締まる、身体が硬くなる、

という陽性体質になります。


悟りも迷いも、

脳内の化学反応です。神経伝達物質などが化学的に反応している。

そういうことなので、

おいしく作ることができた、健康になった、しあわせになった、苦しみが生じた

などというのは何ら不思議もない、当然の結果です。

むやみやたらに苦行をして悟るとか、

不放逸に暮してしあわせになる

ことはあり得ない。


料理では、

一般的な有機物に含まれる4元素(炭素・水素・窒素・酸素)以外の元素をミネラルと呼びます。

亜鉛・カリウム・カルシウム・クロム・セレン・鉄・銅・ナトリウム・マグネシウム・マンガン・モリブデン・ヨウ素・リンなど。

これらが、

身体と脳の働きに関係しています。その環境も元素で作られている。



質屋の蔵には、お客さんから預かった品物が保存されていますが、

同じように、

宇宙という蔵の中に,

僕もあなたもあらゆるものが保存されています。

それらが宇宙の本体であり、働きを生みます。



その藏に六大(地水火風空識)という構成要素があり、 

それは

仏の五つの智慧

(鏡のようにありのままを映し出す智慧

 差別なく平等に見る智慧

 間違いなく見極める智慧

 行動に移す智慧

 分析ではなく全体的に見る智慧)

を生み出し、

宇宙の存在はその六大五識の組み合わせです。

元素によって総ての存在が構成されているのと同じであり、

その元素の化学反応によって、存在が生まれたり滅したり、変化するのと同じです。


そのあたりを考えてみると、

僕らが、

なぜ存在して、何のために生きているのかは、

僕らを構成しているものが、そういう性質だからなのかもしれない。





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[ 2016/11/23 18:20 | 米ぞうの家 ]
大阪鳴門横浜
毎年、5月と11月に鳴門で護摩を修法しています。

今回は、その前日に大阪府吹田市PINOで精進料理教室と瞑想の会。

すべての病と世界のトラブルは、腎臓と肝臓を調えれば治るだろう

という話をしながら作った料理のひとつがこれ。




午後は瞑想。

身体を調え、呼吸を調え、心を調えると、

いろいろなことが分かるとともに、迷いが消えます。

そして、

そのトレーニングによって、

自分の心を実の如くに知るようになる。それを悟りとも成仏とも菩提とも言います。

瞑想のテクニックはいくつもありますが、

今回は歩きながら呼吸を調え、

その呼吸を見つめてから、

心を象徴する月のイメージを観想する、というもの。

瞑想修行は、徹底的な懺悔と感謝によって支えられます。


翌日、

満席の高速バスで鳴門へ。
 
護摩を修法する不動院へは、歩いて上ります。

JR鳴門線金比羅前駅から長谷寺の仁王門をくぐり、毘沙門堂の脇を登って金比羅神社。

その裏山の頂上に不動院があります。車は入れない、徒歩のみ。



修法には四つの方法がありますが、今回は息災。

家内安全身体健全当病平癒息災延命などを祈願しますが、

真の目的は、罪障生滅・煩悩止息・心の安定、つまり自分の心を実の如く知ること。

すべての願いが叶うためには、

懺悔と感謝が出発点になります。


翌日は満席のA320で羽田経由横浜へ。

時間調整のためにボウリングを6ゲーム投げてから、

待ち合わせ場所の高島屋8階「中村孝明YOKOHAMA」へ。


ママチャリで日本一周をして、来月からアフリカへ放浪の旅に出る若者と会う。

若者とは仮の姿で、実は大魔王ポルポルと言う。



多少の縁がありまして、応援しています。

http://poruporu.blog.jp/archives/cat_304856.html


同席してくれたのは、僕が尊敬するイマイヨシエさん。https://matome.naver.jp/odai/2142441918494865801/2142490135245159403

それからウチの長男。


料理は懐石ですが、

僕の分だけ精進にして頂戴、と連絡しておいたら、

お出汁はどうしますか?

と確認の電話をくれるように、丁寧なお料理でした。








お店を出たら、中村孝明さんがいらして記念写真。




次は、来年2月14日15日、涅槃会のお手伝いで鳴門へ行きます。

8日くらいから行きますので、その前後に関西でまた何か予定します。




[ 2016/11/30 13:50 | 米ぞうの家 ]
大根葉とカルシウム
大根が収穫期を迎えて嬉しい。

僕が一番好きな野菜はカブの葉、二番目が大根の葉、三番目が辛い大根おろし

そして大根料理は何でも好き

ということで、妻の恩師の畑でいただいた大根を料理


油揚げと煮浸し


ふろふき大根


湯葉と吉野煮


ところで、

骨が弱くなって背が縮んだ

だからカルシウムだ

と母が今まで飲まなかった牛乳を無理に飲み、

今まで食べなかった小魚を食べていいます。


それでは比べてみましょう。


 



Ca



 P



Na



 K



油揚げ



310



350



4



86



牛乳



110



93



41



150



ごま



1200



560



2



410



煮干し



2200



1500



1700



1200



大根葉



260



52



48



400



大根



24



18



19



230



麦味噌



80



120



4200



340



わかめ



42



31



540



12



可食部100g中の ㎎          http://fooddb.mext.go.jp/



 


100gあたりの量ですから、

牛乳一杯と、油揚げ大根葉ワカメの味噌汁2杯と

カルシウム量は同じくらいかな。

もちろん、他の成分がありますから、単純な比較はできません。

カルシウムの吸収を阻害する要因もあるし。




でもね、

ウチの畑でも旬になった、大根葉と油揚げを炊いたものでカルシウムは充分、

お通じにもよろしく、なにより うまい。

で、

毎朝それが食卓に上がります。


_____________________________________

※大根料理のレシピ
https://groups.google.com/forum/?hl=ja#!topic/shintenan/SZ5tbH5GIK4



※「陰陽研究塾」の記事
●牛乳がどのように身体に影響するか陰陽で考える
https://groups.google.com/forum/?hl=ja#!topic/inyoukenkyu/ggWVc8cgpwo


※2017年度
ご祈祷のご案内: http://shintenan.syoyu.net/Entry/1019/



[ 2016/12/07 14:49 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
優しさと思いやり
豆腐はその日に食べるのがうまく、翌日にはだいぶ味が落ちますが、

そんな豆腐でも、出汁の味をしみこませるとうまい。

昔から煮抜きとか、加須底羅豆腐と呼ばれる料理で、

豆腐に煮過ぎは厳禁、など気にしないで、スが入るまで長く煮込みます。
 
豆腐なのに豆腐ではないような滋味が出て、寒い晩の燗酒によく合う。




こういう温かいものを食べると、心も暖かくなりますが、

そんな時に思い出すのが四無量心。

僕らが使うほとんどの次第の初めに、

四無量心観という所作があります。

慈悲喜捨の四つ。

慈悲の心をもって世の中の人を幸せならしめ

色眼鏡をかけずに世の中の人を心から喜び

物事を平等のまなざしで、自分勝手な考えでなしに平等円満に見る

これによって法悦歓喜の生活になる

ということ。

難しいですけれどね。


でも、

およそ人が安穏に暮すためには、

上記のような慈悲喜捨の心が必要であり、

これによって、

悪い心が無くなり、心が柔らかくなります。

ごく簡単に云えば、

優しさと思いやりをもって暮す

ということ。

もしだれかひとりに対して、

優しさと思いやりを持って接すれば、

まず自分自身が平安になり、誰かがまた誰かに優しさと思いやりをもって接すれば、

その平安がひろがります。

この四無量心観の次第には、

一切有情は如来蔵を具し、三種の身口意の金剛を備えたり

とある。

みんなが仏の性質を蔵して、身体も言葉も心も仏の本性と変わることがない、と。

そう思えば、

優しさと思いやりは自然に身につき(仏なんだから)

煮抜いた豆腐の鍋を食べて身体が温まるように、

暖かい心になるはず。




[ 2016/12/09 12:09 | Comments(1) | 米ぞうの家 ]
精進のおせち料理レシピ
精進のおせち料理レシピ(A6版)頒布します。



昨年は会員限定で、印刷ラミネート加工て発送しましたが、

今年は一般向けにPDFデータでお送りしますので、ご活用ください。
(PRIMO PDFファイル 556kb)



何か一品でも作ると、お正月らしくなります。

作りかたで不明な点があれば、御連絡ください。


ご希望のかたは

1、お名前

2、送り先メールアドレス(PDFデータを添付ファイルでお送りします)

をお知らせください。

こちらから振込みのご案内をお送りします。

・頒布料 2240円

・メニュー一覧

1、コーフーフライ
2、煮しめ
3、利休膾
4、高野時雨
5、葡萄豆
6、八幡巻き
7、豆腐味噌漬け
8、レンコンボール
9、京芋と巻き湯葉の含め煮
10、ポテトサラダ
11、湯葉佃煮
12、くわい素揚げ
13、酢れんこん
14、生麩磯辺
15、湯葉金平巻き
16、黒米おこわ
17、金柑甘煮
18、百合根塩蒸し
19、湯葉竜田揚げ
20、慈姑
21、揚げ結び昆布
22、しいたけ利休揚げ
23、湯葉納豆包みから揚げ
24、きんとん
25、錦糸湯葉
26、おせちカレー 


                  
〒329-0412
栃木県下野市柴762-14
電話・FAX:0285-35-4901
メール:sunagakounin@gmail.com



眞天庵・穀菜食の舎  須永 晃仁


____________________________________


※2017 ご祈祷のご案内

http://shintenan.syoyu.net/%E7%9C%9E%E5%A4%A9%E5%BA%B5%E4%BB%8F%E6%95%99%E5%A1%BE%E3%83%BB%E5%AF%86%E6%95%99%E5%A1%BE/%E7%A5%88%E7%A5%B7%E3%81%AE%E3%81%94%E6%A1%88%E5%86%85



[ 2016/12/10 11:38 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
紫の秘密
絹ごしでずっしりと重たい豆腐が手に入れば、その日のうちに食べたい

夏なら奴が良く、冬は八杯豆腐



出汁6、酒1、醤油1で八杯

これで温めます。大根おろしが合う。
 

上に載せたのは赤水菜ですが、最近は紫色の野菜がポピュラーになりましたね。



これはポリフェノールの一種、アントシアニンで紫色の天然色素。

これを含むものは比較的陰性です。陰性だから紫色になる。

そして、

体液をアルカリにするカリウムやカルシウムが多いから(これらも陰性な元素)抗酸化作用があり、動物性の陽性をよく溶かします。

ワインも同じ成分を多く含みますが、

このような紫色のものが多い、好まれるというのは、陽性過多の人が増えているから。



食生活も肉食が多く陽性になっていますが、

都会は陰性な緑が少ない

何でも速い(速いのは陽性)

仕事が早いのは陽性だけれど、人間は本来、モノやケモノより陰性。
 
電化製品、携帯電話、スマホなど、電磁波がいたるところにある。電磁波は可視光線より陽性です。

このように、陽性な環境にいて、陽性なものを食べているから、

陽性な人が増えたのでしょうね。

つまり、

陰性な紫を好むのは、酸化症状があり陽性過多の人。


ところで、

僕の師僧寺はお薬師さんのお寺。

お薬師さんは薬師瑠璃光如来と云い、東方浄瑠璃浄土におわします。

なので、僕も紫色の瑠璃(ラピス)の念誦を使う。


密教は色も駆使して教理を説明しています。

東を紫(青)で現し、鏡のように、あらゆるものをありのままに差別なく映し出す智慧の世界で、

その智慧の象徴が 阿閦(あしゅく)如来や薬師如来


南は赤で、すべての現世のものが平等であることを知る智慧

西は白で、すべての現世のものを正しく見極める智慧

北は黒で、すべての現世のものを完成させる智慧 

____________________________________ 


※2017 ご祈祷のご案内 

http://shintenan.syoyu.net/%E7%9C%9E%E5%A4%A9%E5%BA%B5%E4%BB%8F%E6%95%99%E5%A1%BE%E3%83%BB%E5%AF%86%E6%95%99%E5%A1%BE/%E7%A5%88%E7%A5%B7%E3%81%AE%E3%81%94%E6%A1%88%E5%86%85 


※精進おせち料理レシピ
http://shintenan.syoyu.net/%E7%B1%B3%E3%81%9E%E3%81%86%E3%81%AE%E5%AE%B6/%E7%B2%BE%E9%80%B2%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%9B%E3%81%A1%E6%96%99%E7%90%86%E3%83%AC%E3%82%B7%E3%83%94



[ 2016/12/11 08:31 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
ウンコの国際基準
『食品の科学知識』(Newton別冊)を見ていたら「RomeⅢ」という興味深いデータを見つけたので調べてみました。

国際消化器病学会による機能性消化管障害のレポート「RomeⅢ」
http://neuro-g.umin.jp/neuro-g/publication/5-kai%20PDF/9-1_38-41.pdf

http://neuro-g.umin.jp/neuro-g/publication/5-kai%20PDF/hongo%20lunchon%20semi%200902_25-29low.pdf


ここには、過敏性腸症候群をはじめとする機能性消化管障害の診断基準が書かれています。

それによると、

国際基準では

・排便回数が週3回未満

・硬便が排便時の25%以上(4回に1回以上は硬い便)

・用指的排便(指や綿棒などを用いて強制的に排便させる行為)が25%以上

・努責(排便時に強くいきむこと)、残便感、閉塞感がみられる頻度が25%以上

が便秘。


ウンコの国際基準は、

1、コロコロ便  
硬くてコロコロの兎糞状の(排便困難な)便

2、硬い便
ソーセージ状であるが硬い便

3、しわのある便
表面にひび割れのあるソーセージ状の便

4、バナナ状便
表面がなめらかで柔らかいソーセージ状,または蛇のようなとぐろを巻く便

5、軟便
はっきりとしたしわのある柔らかい半分固形の(容易に排便できる)便

6、少し形がある便
境界がほぐれて,ふにゃふにゃの不定形の小片便,泥状の便

7、水様便
水様で,固形物を含まない液体状の便

となっており、国際的には4、が正常な便。


ウンコの成分は水が80パーセント。
 
残りの20パーセントのうち、食物繊維、腸壁細胞のカス、細菌

がほぼ同量づつ。


便秘になるのは、

繊維が少なく脂肪が多いもの(肉食)が多く(これは腸内の悪玉菌のエサになる)

繊維が多く脂肪の少ないもの(野菜きのこ海草)が少なく、

善玉菌のエサになる炭水化物が少なく、

睡眠と運動が不充分で

自律神経のバランスが崩れているから。


酸性便は黄色、

アルカリになるほど黒くなるけれど、

どちらも比較的陽性です。ウンコには塩気があるから、陰性な手当てに使えます。

身体の体の下から出るのですから、陽性なものの排毒。


深呼吸して、野菜をたくさん食べて、昼間はよく動いて、夜はリラックスして、

健康と幸せのために、ウンコをたくさん出しましょう。





[ 2016/12/21 08:53 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
恋人が仏さま
凡夫が戒律を守り修行して仏になる、

という面と

本来仏であることを失念していたけれど、実は仏だったこと思い出し、

ああ、こういうことだったのか

という面があります。

大乗仏教は後者の立場をとることが多いのですが、 

難しい話はさて置いて

実はだれもが仏さま(悟り)の可能性のまま生きています。

実は大金持ちでなのだけれど、それを知らないで生きている、

という感じかな。
 
胎蔵マンダラには414尊、

金剛界マンダラには1461尊の仏さまが描かれています。 

仏さまには4種類ある。

1、さとりの本体。大日如来のような人格で、宇宙とか真理と云っても良い。

2、悟りを広め、それを楽しむ仏。阿弥陀さんとかお薬師さんとか、観音さまとか、いろいろ。

3、実際に目の前に現れた仏。お釈尊さま

4、生きている存在すべてに姿を変えた仏さま。僕らが見えるもの、聞こえるものに変身している。

というわけで、 

あなたの恋人も仏さま、

普段はなかなか気がつかないけれど、よくよく観たら仏さまだった。

自慢しましょう。



さて、

僕の初恋は東寺・国宝十二天画像(京都国立博物館蔵)のうち水天

これはお正月の後七日御修法という儀式で使われたものだけれど、

このお姿をひとめ観て、

ああ、なんということだ。

と時が止まった。

豊満で優しい、平安と静寂のお顔、

肩から二の腕にかけての美しい曲線

今でも僕の美しさの基準は、この水天

https://www.google.co.jp/search?q=%E5%9B%BD%E5%AE%9D+%E5%8D%81%E4%BA%8C%E5%A4%A9+%E6%B0%B4%E5%A4%A9&espv=2&biw=1280&bih=670&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjMt_PS-InRAhXHfLwKHWsZBOgQ_AUIBygC&dpr=1#imgrc=y7Xd7onkQDnehM%3A


その次に恋したのが、河内の観心寺・如意輪観音

毎年4月17日18日のみの御開帳で、

それだけに紅も金も残っていて美しい。

僕がどこにいても、見ていてくれる。
 
https://www.google.co.jp/search?q=%E6%B5%84%E7%91%A0%E7%92%83%E5%AF%BA+%E5%90%89%E7%A5%A5%E5%A4%A9&espv=2&biw=1280&bih=670&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwi85f2f-YnRAhWDW7wKHVoIBp8Q_AUIBigB&dpr=1#tbm=isch&q=%E8%A6%B3%E5%BF%83%E5%AF%BA%E5%A6%82%E6%84%8F%E8%BC%AA%E8%A6%B3%E9%9F%B3%E5%83%8F+%E7%94%BB%E5%83%8F&imgrc=opXrBy59fiYYyM%3A



友人と若狭湖北の十一面観音巡りをしていた時にお会いしたのが、渡岸寺(向源寺)の国宝十一面 観音。

この方は有名で、模作も多いけれど、そのお姿は美しい。

長すぎる手は衆生を救済するためなのだけれど、

それが美しい。腰つきには胸騒ぎもする。

https://www.google.co.jp/search?q=%E6%B8%A1%E5%B2%B8%E5%AF%BA+11%E9%9D%A2%E8%A6%B3%E9%9F%B3&espv=2&biw=1280&bih=670&tbm=isch&imgil=tt9e4c6POW4e3M%253A%253BKAmtSzG3FZGgZM%253Bhttp%25253A%25252F%25252Fachikochitazusaete.web.fc2.com%25252Fouminotera%25252Fdouganji%25252Fkannon.html&source=iu&pf=m&fir=tt9e4c6POW4e3M%253A%252CKAmtSzG3FZGgZM%252C_&usg=__64vQ0PGmdovs3MFI-e46ahZv5Mc%3D&dpr=1&ved=0ahUKEwiB2ZzM-YnRAhXBvrwKHZbiCsgQyjcIOA&ei=YOdcWIGpGsH98gWWxavADA#imgrc=tt9e4c6POW4e3M%3A


[ 2016/12/24 08:29 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
送料有料
我が家へ配達してくれるヤマトのKくんは小中学校の同級生。

会う度に、

いやあ、忙しくてねえ

55歳に、この仕事はキツイよ

と言う。

給料増えていいじゃないの

 と聞けば、

上のほうは増えるだろうけれど、俺らには回ってこねえよ

と答える。


今月は朝から夜10時ころまで走り回っているみたい。休み無し。

正月になればお酒の配達が増える、とのこと。

大丈夫かしら、と心配になる。

でも、

元気な彼が来ると僕も元気になる。同級生の様子も聞ける。


最近はインターネットで購入して配達してもらうのが当たり前になり、

配送料無料もあるけれど、あれってどうなのだろうか。

配送料はKくんらの手間賃だから、それが無いのは気の毒だ。

送料無料というのは、僕らが交通費無しで仕事に呼ばれるようなもの。

交通費がもらえないなら、僕は行かない、行けない。

そもそも、そういうことをタダにするのは、仕事をする人に失礼じゃないだろうか。


そう感じたので、これからは、送料をきちんと払うものを注文しようと思っています。


ところで、

僕は狭い湯船が苦手なので、家ではシャワーを使い、

湯船に浸かりたいときは銭湯へ行きます。

出張では大浴場がある宿を選ぶ。


我が家からいちばん近い銭湯が小山市「幸の湯」



近いといっても、自転車で30分、車で15分。

仕事の帰りなど、時間がある時に寄ります。

古い銭湯で、おじいさんとおばあさんが交代で番台に坐る。いつまで営業してくれるかな。


銭湯の特徴は、お湯が熱い。

衛生的な問題からなのかわからないけれど、この熱さがたまらない。

だいたい45度から47度。

お客は必ず身体を洗ってから湯船に入る。掛け湯程度で入る人はいない。

それから、

銭湯は温泉と違い、倶利伽羅紋紋の人もいる。

ちなみに、倶利伽羅はお不動さんが持つ剣に巻きつく龍王のこと。

それを智剣と云う。

 
そして、ここの壁には、現代の名工・銭湯絵師 中島盛夫さんの富士山がある。

これを見ながら湯船に浸かれば、疲れがすっかり取れる。 

入浴料は大人420円、中人180円(6歳から12歳)、小人90円


僕が行っても行かなくても銭湯の湯は沸いているのだから、

自宅でお風呂を沸かすのはもったいない、

とも考えられる。

僕が乗っても乗らなくても電車は動いているのだから、

わざわざ自家用車で移動するより、電車に乗ったほうがエコロジーであるのと同じだな。


冷暖房完備の寮から帰って来ている息子が、我が家のファンヒーターを見て、

灯油も電気も使うなんて、もったいねえなあ

と言った。






[ 2016/12/29 08:32 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
謹賀新年

あけましておめでとうございます。

   本年もよろしくお願いいたします。





今までを振り返ってみると、

真っすぐ歩けば早く着けるのに、あちらこちらに寄り道して、ずいぶんと時間がかかってしまうような毎日を過ごしてきました。

小学生のころ、

毎日寄り道道草回り道をして、

クワガタを捕まえ、椎の実を食べ、野糞をしていました。そんなことはしなくても良いけれど、おもしろかった。


お葬式をしない、という家が増えています。

これは通過儀礼ですから、七五三やお宮参りや成人式や結婚式と同じで、

しなくても良いけれど、したほうが人生に味が出ます。やさしさや思いやりが生まれ、懺悔反省する機会にもなる。


お正月を迎えるにあたり、

大掃除をして鏡餅や注連飾りを準備し、おせちを作り、

年が明ければ初詣をして年賀状を読む

お盆には、先祖供養をする。

こういうことも、しなくても良いけれど、したほうが面白い。


宗教の基本は信心ですが、何を信じるのかといえば、

前世とか霊魂とか血液型占いとか噂話ではなく、

成仏・成道(悟り)という世界があることと、

そこへ至るまでの修行方法を信じることです。

そういうことも、道草を食っているうちに少しわかる。


真っすぐ一直線な人生というものがあるのかどうかわかりませんが、

回り道にはたいてい付き合い、ついて来てくれる人がいます。

それが何よりもありがたい。

その人のお蔭で、道草回り道も無駄にならないのだろうな。



ともあれ、

今年も平安でありますよう、お祈りいたします。






[ 2017/01/01 06:00 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
長い一瞬
何かに集中していると、他のことに気づかないことはよくあることですが、

拝んでいる時に、気を失うようなことがあります。

何もかもが無くなり、ただ存在しているだけになる。

そうでなくても、

何か物思いにふける時もあり、

広々として風通しの良い静かな心持ちになることもある。

そういう時間はずいぶんと長く味わっていたように思われるのに、

実はほんの数分のことある。

 
誰でも心の扉を開ければ仏法の風が入ってくるけれど、

その扉は重かったり、鍵がかかっていることもある。

静かに座って懺悔反省していると、扉が軽くなり、鍵が開く。

その時間も長いように思うけれど、実は一瞬。

体験は時間を越えるようで、

心は実際の時間より、ずいぶんと速く動く。

「こだま」より「ひかり」、「ひかり」より「のぞみ」のほうが速い。



川上監督が現役のころ、

ピッチャーが投げたボールが止まって見えた。

それを撃てばヒットになる

という話は野球ファンには有名だけれど、

練習すれば速球も止まって見える。速いと思っていたものがゆっくりになることは、何でも同じである。

 
だから、

人生も一瞬に集約する。

心は間段の無い連続体だから、

この練習を繰り返せば、心をコントロールして怒りや貪り、慢心、疑いを、

心の平安(これを幸せという)に変えることが一瞬にできるはず。


アインシュタインは、

「熱いストーブの上に手を置くと、1分が1時間に感じられる。でも、きれいな女の子と座っていると、1時間が1分に感じられる。それが相対性」

と言う。

そして、

特殊相対性理論では、物体が高速で移動するほど、その系における時間の流れが遅くなる。

さらに、

時間はそのものの実体が無い。

例えば「今」というものは無い。

今を正確には定義できないから。

今は時間的な長さが無い一瞬で、

どこからどこまでが今なのか、

は定義できない。

「今」は存在するけれど、確かな実体はない。

過去とか未来とかの関係性においてのみ「今」がある。

これを「空」というのだけれど、

ともかくも、

今日も僕は長い一瞬を体験しながら生きている。










[ 2017/01/06 08:47 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
ダメなものはダメ
お酒は好きだけれど、他人と飲むのは苦手。

飲んでいると言葉を間違うから、

しらふの時に、真面目に真剣に熱く話をしたい。

 
在家の五戒に不飲酒があります。

お酒を飲んではいけない。

なぜかと云えば、

仏教は覚醒の宗教であって、酔迷を嫌う。

修行の邪魔になるからですね、仏教は修行の宗教です。

そして、

お酒を飲むと、盗み、嘘、殺生、邪淫など他の悪を行う危険が高くなる。

この辺は『智度論』や『正法念処経』にあるのですが、

戒律を守ることは心を静かにすることにつながり、

心を静かにすれば仏の智慧を得ることができます。

だから、

戒律を守らなければ仏弟子ではない。

お大師さんの『御遺誡』にも、

「もし故に犯ずる者は、仏弟子にあらず、我もまた彼が師にあらず。かの泥団折木に何ぞ異ならん」

とある。


お酒を飲む僕は、

お大師さんの弟子どころか仏教徒ですらない。


世の中には、

不飲酒とは、酒を飲むこと自体を戒めているのではない。酒によって堕落し、悪を行うことを戒めているのだ。飲んでも飲まれるな、だ。

と言う人もいます。

一緒に酒を酌み交わすことが供養になる、酒を一緒に飲むことで、心を許して檀家さんと話ができる

と考えるお坊さんも多いだろうな。

でも、それは世間の意見にすぎない。仏教は世間の倫理道徳とは違う。

ホントはね。

とにかく、

仏教は瞑想の宗教で、飲んだら瞑想できない。


 十善戒の最初は不殺生。

殺してはいけない。

仏教に限らず、どの宗教でも同じだろうな。

『正法念処経』『中阿含経』『華厳経』などに説かれていますが、

これは不飲酒と違って理屈は不要。

殺してはいけない、のに理由はいらない。

ダメなものはダメなんだ。

首から上で考えることではない、そういうことが世間にはいくつもあるけれど、

ダメだからダメ、と押し付けてはいけない世の中になっているみたい。


それにしても、

酒でダメになるヤツは、それまでのヤツ

という気持ちが無ければ、飲んではいけない

と自己弁護。


[ 2017/01/12 17:06 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
悟りの食事・しあわせのご飯
週末はセンター試験ですね。

受験生皆さんのご健闘をお祈りしています。


試験会場の椅子に坐ったら

両手を机の上に出して、掌を一回上に向ける。

たた、これだけで余計な緊張が取れます。

解答や質問に迷ったときは、

親指を掌中に入れて握りこぶしを作れば、

自律神経が安定して良い効果があるでしょう。


ところで、

悟りとは「しあわせ」になることで、それは「心の平安」を得ることです。

そのための修行カリキュラムがたくさんありますが、

食事を作るのも食べるのも修行のひとつ。

「食時作法」五観の偈では、

道業を成ぜんがためなり、世報は意にあらず
(食物を受けるのはただひたすら仏道を成就せんがためであり、世間の栄達名誉地位にはまったく関係がない )

と心の中で唱えます。

つまり、悟る(しあわせになる)ために食べる

ということ。

悟るためには身体が必要であり、その身体を養育するのが食事。

生きていることで、仏の智慧といのちを得ようとします。


さらに、

「正食偈」では、

飲食するときは衆生とともに 禅定の悦びを食とし、真理による歓喜の心がましますように

と唱えます。これは『八十華厳』にある偈文ですが、

身体を養うだけではなく、心の中にいる仏を養い、悟りの境涯を育むことが食事である、

ということ。



仏前にお米や炊いたご飯をお供えしますが、

これは忍辱の心の象徴。

僕らは普段、

耐え忍ぶことを忘れ、怒りを生んで、他人の批判非難や不平不満を持ちます。

お腹が空くと怒りっぽくなるけれど、ご飯を食べると心が落ち着き、精神が安定します。

このように、怒らず微笑み、心を静かにして平安になることが、最大の供養である

ということ。


ごはんを食べると、

脳が安心して、理解力と慈悲心が生まれます。



味噌汁を飲めば、

腎臓がよく働き、勇気と落ち着きが得られます。



お漬物を食べると、

肝臓がきれいになり、忍耐力が養われます。

これで、しあわせになれる。







[ 2017/01/13 11:36 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
観音さまでお願いします。
あるかたから、


私が子供の頃はお葬式も、法事も、当然お寺で、本堂でお経をきいていましたが、宗派でご本尊って違うんですね。

それとも、「私は この明王さま~」とか選んでも良いのですか?

自分の葬儀の時は

「信心していた、○○観音様でお願いします」とか は、ありですか?


と聞かれました。 

昔、ご自宅でお葬儀をするときは、菩提寺のご本尊さん(の身代わり)をお借りしておまつりすることもありました。

僕は、

葬儀の連絡が入ると、戒名を考えてから、ウチのご本尊さん(お不動さん)の前で、供養法という修法をします。

この修法の一部に、お葬式の所作である引導作法を組み込むのが本義ですが、

葬儀会場では時間や備品の関係で略式になり、自宅でフルバージョンを拝みます。

で、

この作法も決まりはありません。

仏教は修行の宗教で、修行の理論や実践方法は確立されているけれど、

お葬式のやり方というものは元々無い。

経典儀軌にも典拠は無い。

その時代や地域の習慣風習に合わせたものです。

関係ありそうな経典は、(( )内は僕の加筆)

「苾蒭(びしゅく:僧のこと)のうち、葬送をよくするものに、無常経ならびに伽陀を誦させ、死者のために呪願させた 」(『毘那耶律』)
 
「仏(お釈迦さま)は浄飯王(お釈迦さまの父)を導引かれた」 (『浄飯王般泥洹経』 )

「大愛比丘尼が涅槃するとき、仏は自らさきにあって、香炉を捧げて引導をなされた」
(『智度論』十 )

などがある。


文献から引いてみると 

葬送は(死という)無常を観じ、現在の欲を貪る生活を厭うべきを知らしめるために葬送する

仏教各宗は、その建前より儀式、式典に相当の複雑を加味される

経軌には本拠なきも、古来の慣例に従って行う(『佛事と葬儀』福山乗道)


真言宗の引導作法は諸尊法などと異なって、それぞれの地方により、師によって、大いに異なって、これが真言宗の引導作法だといえるものがない。 (『真言宗引導作法』稲谷祐宣)


江戸幕府が開かれると、キリシタン禁制、寺請け、新寺建立禁止令が矢継ぎ早に出され、
寛文五年(1665)には諸宗寺院法度が制定され、幕府による宗教統制が強化されていく。
この時期に葬儀式の規定もなされていくことになる。

儀礼は教義を行為として表現したものである以上、各宗が依ってたつ所依経典や宗祖の法語類にもとづいて構成されていることはいうまでもない。(『葬儀を考える』藤井正雄)

などがあります。

つまり、

それぞれの和尚さんが、

こういう風にすると、より良いだろうな、と考えて作法しています。


『葬儀を考える』には、

「葬儀を裏方で支えるのが葬儀社で、僧侶側は本来の役割を考えて「心の救済」を説いて欲しい」

と、全日本葬祭業協同組合連合会消費者相談室長の要請が書かれており、その通りです。


そういうわけで、

「信心していた、○○観音様でお願いします」

と僕が請われたら、

自宅でその観音様の修法をしてから、

葬儀会場ではその観音様の真言で拝み、その観音様に結縁する作法をして引導します。

故人と観音様と僕と相応し、

縁者と一緒に報恩感謝して、

みな一緒に悟りの世界へ向かいましょう。

できれば、

その観音様をお連れになってくださるとありがたい。




[ 2017/01/18 10:20 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
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[ 2017/01/22 08:03 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
如来警覚
仏教に創造神はいない、というのが特徴。

私も宇宙も元素も、その始まりを探っていくと根本的なものにつきあたる。

モノを分析して元素、素粒子、ニュートリノと見つけ、その先には何があるのか。分割できない最終的なものがあるのか。

その根本的な始まりは、どうやって始まりとなったのか。

それは神さまが創った、というのは外道の思想として仏教では認めない。

縁起とか空とか本不生などと説明するのだけれど、

分割できない全体性がある、というのが密教の立場。

縁と条件によって変化している、互いに相応しているもの、

始まりとか終わりが無い世界。


仏教には、

自力で努力精進して悟りを目指す面と、

浄土の阿弥陀さまのように、僕らを救いに来てくれるという他力的な面の両方がある。


密教に警覚(きょうがく)という言葉がある。

自分の中に眠っている仏の本性を覚醒させることなのだけれど、

慈悲の修行によって、如来が力添えをしてくれる、と云う。

眠っている僕らを如来が起こしてくれる。

子が母を呼ぶと、母が手を差し伸べてくれるようなもの。

思い悩んでいる時に、

風が吹き鳥が鳴いて、ふと気がついて悟ることがある。

その風の音、鳥の声が如来の説法であり、

それに気がつくかつかないかが人生を変える。

気がつくような人間になりたいものである。


このように考えると、

願いをかなえる、または叶えない神仏の姿が見えてくる。

神さま仏さまがいるのに、

僕らはなぜ災害や悲惨な苦しみに出会うのだろうか。

おそらく、
 
神仏宇宙大自然は、人類が滅びないように、ぎりぎりのところを護っている。

だから、僕らには常に困難がある。その困難を克服しようと工夫して僕らは成長する。

そして、困難があるから神仏を信じるようになる。

困難を克服することで、僕らは人生の意味と尊厳を得ることができ、

安らかに生きる可能性が高くなる。

死に向かう安らぎも得ることができる


僕らは健康で順調な時、妄想を自由に操り、その上、勉強不足なら錯覚が生じる。

なので、

神仏は戒めを与える。

ごく普通の生活で 突然見舞われる不幸にも、

如来の深い驚覚 がある。






[ 2017/01/24 11:11 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
心は続くよどこまでも
毎日いろいろなことを考えて生きていますが、寝ても覚めても心はじっとしていない。

『十住心論』には、

凡夫の本能的我欲のままの心から、順次悟りへ転昇していく心の諸相が説明されていますが、

まだ執着と迷いの中にある「悟る前の心」が『大日経』に「六十心」として説かれています。これがなかなかおもしろい。

悟りとは自分の心をありのままに知ること、なので、その心がどういうものかを観察します。


初めに貪欲の心。

愛欲の心、性欲物欲名誉欲、コミュニーケーション欲、清らかな愛の心も貪欲。

そのほか煩悩の心として、
 
貪心 瞋心、痴心 疑心 闇心 闘心 争心 迷心 慳心

善に見えながら執着する心として、

無貪心、慈心 智心、決定心、明心、守護心、

他には、


商人心

安いものを買い、高値で売って利を得る。

修行するものは、高根で売るようなことをせずに、勉強して得たものをすぐに実践すべきである。


農夫心

広く聞き耕す。

広く学んでから跡に実践しようとすると、勉強するだけで終わってしまう。


河心

流れが岸に片寄らない。

正邪ともに信じたりするのを退けて、すみやかに悟りを得るように勤めるべき。



井心

窺い得ざる深みなり。

他人の容易に窺いえない心をもって得意としてはならない。
 

狸心

徐ににして獲物捕る。

時と場所を考慮することなく、見聞にしたがって直ちに実践し、恩の恵みに報いなえればならない。


狗心

少なきものに満ち足りる。

すぐれたものを求めようとしるべきである。



水心

常に不善を洗い去る。


清らかな悟りを求める心のなかにはすべての罪悪は消滅し、自己と仏が一体となることを思うべき 。


火心

燃え盛りてぞ熱を出す

善いことをなす場合でも、一気に功をあせらずに漸次に心をこめて継続するように勤めるべき。

などなど。


いずれにしても、僕らが思う心は迷いのもとであり、それを改善するには、


自己反省

思いやりの心とその実践

向上心を持った勉強

心を静かに観察する瞑想修行

が大切と説きます。


雑草を除きながら 一面苗をそだてるように、浄心を増長させる、


とある。


いずれにしても心は間断の無い連続で、ひと時もじっとしてないものですから、実に不安定なものです。

ですから、

心が思ったことそのままにとどまるか、

そこを越えてより良く生きるのか

が問題になります。


そして、

どんな心でも、慈悲を基本とするのが仏教です。

心を冷静に観察し、

慈悲の働きかけで煩悩や迷い苦しみを超克する。


それが人生の意味であり、それによって希望に満ちた世界になります。

優しさと思いやりという慈悲が根底にあって悟り(しあわせ)を求めれば、

真実の生きかたが見えてくるはず。



[ 2017/01/25 18:48 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
ビールの思い出
空気が乾燥しているのは陽性な条件であり、

そこで陽性なものを多く摂ったり、夜更かし(陽性)していると、陽性な症状が現われます。

なので、大根湯などの陰性なものが手当てになりますが、お酒が百薬の長になるのはこのタイミングですね。飲んだ後は寝ることが大切。

そして、陽性で鼻が詰まったときは、外耳やヒザ裏をマッサージすると効果的。


それはさておき、

1985年は僕が大学を卒業して就職、タイガースがバックスクリーン三連発で優勝した年ですが、

その頃流行していたのがサントリーのペンギンズ・バー。

このCMで流れる聖子ちゃんのスイート・メモリーズが良かった。

その3年後にサッポロから冬物語が発売。


最近、娘がビールに詳しくて、上面発酵・下面発酵とかいろいろ教えてくれる。

彼女が買ってくるグーズとかフルーツビールをお相伴したら、とてもうまかった。

僕はひとくちくらいしかビールは飲まないのだけれど、

市販のものではキリンのハートランドが好き。それが置いてある店は信用する。 


ビールについて思うことのひとつが、

缶ビールはお酌に合わないのではないか、ということ。

お酌する重さと形では無い。


さて、

平成元年に仏教美術研究上野記念財団の研究発表で、仁和寺の薬師如来像を見てから、

僕は積極的に密教の仏像を見て回るようになりました。

東寺観智院や神護寺の五大虚空蔵

花園宝金剛院、嵯峨遍照寺、三山木観音寺の十一面観音 

五大明王は東寺、醍醐寺、大覚寺

定朝様式の阿弥陀さまは、日野法界寺、鳥羽安楽壽院、伏見即成院、宇治平等院 等々。


その帰りに京都寺町の市場小路で、キリンの京都限定ビール「No.1497」を飲むのが楽しみだった。

あれはうまかった。でも、2008年に製造中止。

思い出は大きくなるから、今でもあのビールが一番うまいと思っています。


そのビールが、後の人生を大きく変えるきっかけになったことは記憶に新しい。

内容は秘密だけれど。



[ 2017/01/27 11:05 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
やきそば
自動車学校に行ったら、お湯が出るタイプのカップ麺自販機(東洋水産)があり、

中にある「たんちゃん麺」は自販機専用とのこと。



ファンが多いらしいけれど、どういうことなのだろうか。


東海林 さだおのエッセイ「B級の覇者ソース焼きそば」には、

ソース焼きそばのB級度は群を抜いている。なにしろ値段の高い材料をひとつも使っていない。そして「高級化への道を閉ざされている」のです。 

中略

そして一生懸命作ってもそれほどおいしくならない、また、うんと手を抜いてもそれほどまずくはならない。だからソース焼きそばは、「うまい」とか「まずい」とか評価しないで食べるものなのです。であるからして、ソース焼きそばは向上心を持って作ってはならない。いいかげんな気持ちでいいかげんに作るのが正しい。

とある。


僕は固い焼きそばが好きで時々食べるけれど、お店のものはどこも甘ったるくてうまくない。

ちなみに皿うどんを始めて食べたのは京都・百万遍の「まつお」

それはうまかった、ような気がする。


先日、信頼できそうな著名店で 、五目あんかけ焼きそばを注文し、
 
あんかけは野菜だけにしてね、

と頼んだら、しいたけであわび、エリンギでイカを模してあった。






やっぱり自分で作るほうがうまい。

モヤシとチンゲン菜は下茹でした。



 
青のりをかけると、

絶倫隊の「日本の味」を思い出す。




[ 2017/01/31 18:30 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
宇宙の真理
難行苦行を経て、心の動きと呼吸も止めるような座禅瞑想修行をしている菩薩の前に、

諸々の如来が現れ、

「いくら難行を積んでも、一切如来の真実(宇宙の真理)を知らないなら、悟りをひらくことはできない 」

と言います。

菩薩はその宇宙の真理を教えてもらい、直に成道する。

という話が『金剛頂経』にあります。この菩薩はお釈迦さまのこと。


世間にもそういうことはよくある。

宇宙の真理(自然の法則)を知らなければ、どんなに品行方正道徳的で、

規則正しい生活をしていても、健康で平安な人生は得られない。

あるいは、

一生懸命まじめに努力していても、

的外れなことを続け、コンセントが抜けていることがある。



日本の仏教にはいくつもの宗派があり、それぞれに特徴があります。

それを、

どれも同じお釈迦さまの教えであり、どの宗派でも関係無い、宗派など不要だ。

と云う人がいます。

そうだろうか。


仏教の修行をしたい、という人に、

あなたが行っている学問仕事芸術スポーツ、

あるいはボランティア、畑仕事、子育てなど、

そういうものも修行であり、わざわざ修行道場に行かなくても悟りを開ける、

と言う人もいる。

果たしてそうだろうか。


人間には完と未完、熟と未熟、覚と不覚があり、

何でも同じ、と言えるのは完成された人間であり、未熟なものは言えないはずである。

同じだと知らないはずだから。


未完未熟な者は、劣を捨て勝を得るように努力するべきで、

宇宙の真理のようなものを求めて勉強実践してこそ、

得るものがある。



[ 2017/02/01 08:41 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
穢れはどこにあるのか
大乗仏教では、心について、

その本質(体大)、その姿かたち(相大)、その働き(用大)

という三つの側面を見ます。三大と云う。


すべてのものは元素などのモノで構成されていますが、それをそれと認識するのは心ですから、

どんなものにも三大がある、と考えられます。

総てに、

本質、姿、働き

の三つがある、ということ。


密教や多くの大乗各宗派は、

僕らの本心は元々仏と同じである、仏(清浄な悟り)の性質を持っている(如来蔵)という立場です。如来蔵でなければ、僕らは悟りたいと思わないはずですから。


「六道四生の一切有情は皆如来蔵を具す」(『四無量心観』)

「一切有情は如来蔵なり」(『理趣経』第十二段)

などとある。


あらゆるモノも心も、本源的なものがある。(それは仏の本質を象徴する地水火風空識の六大なのですが、詳細はまたいつか): 体大

それらは縁と条件によって、目に見える姿、音声、サイン、動きなどで表され : 相大

それぞれ慈悲の働きをしています。: 用大

太陽という本質には

大きく光輝く姿があり、

地球を暖め、生き物を育む働きがある。


死を穢れとしたり、

女性は穢れているから、特別な場所に入れないとか、

福島から来た僕らは汚ないとか、

そういう考えかたがいくつもあります。

えんがちょ、では済まないことが。



仮に姿かたちが汚れていても、その本質は清浄で如来蔵。

死が不浄だとしても、その本質は仏と同じく美しい。

故人も女の人も、どこに住んでいる子も、

みな如来蔵だから、成仏の可能性を持っている、本来清浄な存在です。




[ 2017/02/02 14:56 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
アレに効く
新生児に飲ませるK2シロップは、陰陽で見るとどうなの?

と聞かれまして、

1989年に乳児ビタミンK欠乏性出血症予防策で、それを飲むとよろしい、と厚生省が提示したようですね。  

ビタミンKは溶脂性なので比較的陽性で、陰性な野菜海藻納豆に含まれています。


指先が硬く割れているのは陰陽で見ると?

と聞かれまして、

硬くなる、というのは陽性過多です。

そういう時は陰性な生姜油や、それに代わるものがいろいろあります。

市販の薬は基本的に陰性なので効果があるでしょうが、

僕は時々、マムシ油や熊の脂を使っています。これが意外におもしろい。

油だから陰性。 常温で固まっていますから、ごま油などよりは陽性。

熊の体温は38度くらいなので、ヒトの脂肪より陽性です。当たり前ですが。


田舎では、スズメバチやマムシの焼酎漬けがポピュラーです。

それらにある溶血性の毒はずいぶんと陰性なので、陰性なアルコールに漬けておけば、陽性になるかな。

昔は陰性な症状が多かったから需要があったのでしょうね。

あの類を勧める人は、

アレに良く効くよ

と嬉しそうに言う人が多い。

比較的陽性なら、飲むより外用したほうが効きそうだけれど。






[ 2017/02/03 07:49 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
所願成就
家を少しづつ片付けていますが、古い写真もスキャンしたり処分したりしています。



54年前の後楽園



それはさておき、

福島と宮城のお寺で節分のご祈祷に参座して、みなさまの所願成就をお祈りしました。

拝んでも世界全員の貧困と病苦がなくなり、皆の生活が良くなることは無いけれど、

全員の心の眼が開け、平安になる可能性はあります。

生活を豊かにすることは大切だけれど、心を豊かにすることはもっと大切。

抜本的な解決にはそれが必要で、そのために祈る。


仏の慈悲と衆生の信心が重なることを加持と云いますが、

両者は本来同じものですから、第一に必要なのが慈悲心。

仏の智慧も、瞑想修行も、慈悲が基本となる。

悪いことを思い、不善を行っても、それらが出てくる元の生命は、

本来大きく広く清浄です。

そこに必ず慈悲があり、それが所願を成就させてくれる。





[ 2017/02/05 07:11 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]
欲望の代替
インフルエンザに罹るか罹らないかは、体内に陽性がたまっているかどうかですが、

その陽性が少しでもあると、煩悩が生まれます。

でも、陽性がまったく無いと生きることができないので、

煩悩も無ければ生きられない。生のエネルギーになるから。

インフルエンザに罹るのは陽性の排毒ですが、煩悩の消化でもあるかな。


それはさておき、

『大日経』 では、

心を動きを観察して、ひとつひとつの迷いを慈悲の行いによって仏の智慧に転換し、

その後に、ものの見かたの執われを克服し、

心の純度を上げる。

その繰り返しの積集によって、如実に自分の心を知ることができ、それが悟りである、

としていますが、

『金剛頂経』では、

その積集が、「真言を唱える」ことで代替できるとしています。真言を唱えるだけで自分の心を如実に知ることができる。悟ることができる。

そのためには、仏と相応(ヨーガ)していることが前提ですが、

とにかく長年の修行と、真言を唱えることが同じ価値。


ちょっとした欲望は、

呼吸を止めるか、冷水を浴びれば消えますので、

毎日それを続ければ心が調う。


まったく邪魔な欲望を無くすには、

陰性な野菜に、陰性な酢と油とコショウのドレッシングを、お腹いっぱい食べればよろしい。 


普段の生活でも、

性欲は食欲で代替され、

食欲はコミュニケーション欲に代替される。


貪りはプレゼント することで、

怒りは微笑むことで、

無知は勉強の楽しみ を知ることで

代替されます。


もし、自他にとって迷惑になるような欲望があっても、

それを利益になる欲望に代替すれば、

自他ともに救われる。




[ 2017/02/08 06:42 | Comments(0) | 米ぞうの家 ]



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